準強制性交 父に無罪…

2019年4月6日 0 投稿者: 行政書士 真栄里 法務事務所

名古屋地裁岡崎支部判決(2019年3月26日)

 朝日新聞の記事(2016年4月6日)をまずは掲載します。

起訴事実

 判決文が公開されていないので詳しい起訴事実は不明ですが、実の父親が、当時19歳の娘が抵抗できない状態であることに乗じてその娘と性交したとの事実で、準強制性交等罪(刑法178条2項)で起訴されたようです。

地裁の判決は?

 地裁の判決は、「無罪」でした。

なぜか?

 準強制性交等罪は、相手が抵抗することができない状態などを利用して性交した場合に成立する犯罪です(刑法178条2項)。

刑法178条2項(準強制性交等)
2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

 この事件では、娘が「抵抗することができない状態」にあったのかどうか?が最大の争点になっています。

検察側の主張

 新聞記事によれば、検察側は、

被害者である娘が被告から長年、暴力や性的虐待を受けるなどし、事件当時は抵抗することが著しく困難だった

と主張しています。

被告側の主張

 これに対して、被告側は、

同意があり、娘は抵抗できない状態でなく、…

と反論しています。

地裁の認定事実

 地裁は、検察側、弁護側の主張を踏まえ、次のような事実を認定しました。

性交については、娘の同意はなかった

 一方、抵抗不能か否かに関しては、

被告が長年のにわたる性的虐待などで、被害者(娘)を精神的な支配下においていたといえる

と認定しましたが、

被害者の人格を完全に支配し、強い従属関係にあったとまでは認めがたい

と指摘し、

抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するには、なお合理的な疑いが残る

としました。
 要は、抵抗不能状態を利用して性交したのではないから、準強制性交等罪は成立せず、被告(父)は無罪との結論になったのです。
 しかし、同時に判決では、娘の同意はなかったと事実を認定しています。
 そもそも同意なしの性交をしているのだから父が無罪っておかしくないか?との疑問も出てきそうなので、そのあたりを検討してみましょう。

同意なし性交はどういう場合に犯罪になるのか?

 同意なし性交全てが犯罪になるわけではありません。
 どういう場合の性交が犯罪になるかは刑法に規定があります。

規定

刑法177条(強制性交等)
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛こう門性交又は口腔くう性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

刑法178条2項(準強制性交等)今回の事件で問題となった条文です。
2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

刑法179条2項(監護者性交等)
2 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第百七十七条の例による。

見取り図

A 13歳以上の者への暴行・脅迫を用いた性交は強制性交等の罪となります。
  暴行・脅迫を用いている以上、当然同意はありません。
B 抵抗不能状態を利用するなどの性交もAと同じく強制性交等の罪となります。
C 13歳未満の者の場合、暴行・脅迫がなくても、性交をすること自体が強制性交等の罪となります。
D 18歳未満の者の場合、暴行・脅迫がなくても、監護者(典型的には親)の影響力があることを利用して性交等をした場合も強制性交等の罪となります。

 上記4つの場合だけの性交が処罰されます。

どれかに該当しないのか?

1、
 本件では、Bの問題でしたが、地裁は、娘は抵抗不能状態ではなかったと事実認定をしているのでBでの強制性交等の罪は成立しません。


2、
 また、娘は事件当時19歳でしたから、父が娘に暴行・脅迫を加えて性交をしていたのでしたら177条で強制性交等の罪が成立しますが、父は娘に暴行・脅迫を加えてはいないようです(もし、父が娘に暴行・脅迫を加えていたのでしたら177条の強制性交等の罪で検察官は起訴したはずですから)ので、177条の成立も認められません。


3、
 さらに、娘は19歳で、13歳未満ではないですから、性交自体が177条後段(「十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。」)に該当することもありません。


4、
 最後に、娘は、事件当時19歳でしたから、父に、179条2項の監護者性交等の罪も成立しません(そもそもこの罪は平成29年に改正されていますから本件に適用されませんが)。


 結局、父には何の罪も成立しないことになります…。
 しかし、検察側の主張によると、父は、娘に長年、暴力や性的虐待を加えていたようですから、その結論に納得がいかない方も多いかと思います。

父を司法でさばけないのでしょうか?

 長年娘に暴行を加え、性的虐待をしてきた父を処罰することはできないのでしょうか?

・18歳未満の者に対し、
・監護者が、
・影響力があることを利用して
・性交した

場合、監護者性交等の罪が成立しますので、娘が18歳になるまでの父の性交行為をもって起訴すれば父を監護者性交等の罪で有罪にすることができそうです。
 しかし、残念ながら事件当時の刑法ではこの父を裁くことはできません。事件当時の刑法には監護者性交等の罪が規定されていなかったからです。
 結局、この父を刑法でさばくことができない…?

もっとも検察官は控訴するかもしれないので…

 もっとも、検察官は、地裁の事実認定を争って控訴する可能性は十分にあります。 
 控訴審で事実認定がひっくり返る可能性があります。
 もし、逆の事実認定になれば、刑法178条2項の準強制性交等の罪が父に成立することになりますので、当面は、今後の検察の出方を見守るしかないでしょう。

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