【夫婦同氏制】合憲判決-民法750条-
2015年12月21日約4,000字(読了≒7分)
目次
事件
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。(民法750条)
との民法の規定に従い、夫の氏に変更した女性が、夫婦同氏制を採用する民法750条(以下では、本件規定とします)が憲法13条、14条1項、24条1項及び2項に違反すると主張して、本件規定を改廃する立法措置をとらないという立法不作為の違法を理由に国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた事件です(最高裁大法廷判決平成27年12月16日)。
論点
論点は、大きく3つあります。
(1)本件規定は、人格権の一内容である「氏の変更を強制されない自由」を不当に侵害し、憲法13条に違反し違憲である。
(2)本件規定は、ほとんど女子のみに不利益を負わせる効果を有する規定であるから男女平等を規定する憲法14条1項に違反し違憲である。
(3)本件規定は、夫婦となろうとする者の一方が氏を改めることを婚姻届出の要件とすることが、婚姻の自由を侵害し、憲法24条に違反し違憲である。
憲法13条違反について
結論(多数意見)
本件規定は、憲法13条に違反しないとしました。
理由(多数意見)
氏に、名とは切り離された存在としての社会の構成要素である家族の呼称としての意義があることからすれば、氏が、親子関係など一定の身分関係を反映し、婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは、その性質上予定されているといえる。(上記最高裁大法廷判決文3頁(4))
以上のような氏の性質から、
婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない。
として、本件は憲法13条に反しないとしました。
つまり・・・
つまり、家族の呼称としての意義を持つ「氏」には、婚姻を含めた身分関係の変動に伴い改められることが想定されていることから、「氏の変更を強制されない自由」は憲法上の権利としては認められない、としたのです。
「氏の変更を強制されない自由」は憲法上の権利(ここでは人格権です)ではないわけですから、婚姻により氏を改めるという本件規定は、憲法上の権利を侵害しない、ということになります。
憲法14条1項違反について
結論(多数意見)
本件規定は、憲法14条1項に違反しない、としました。
理由(多数意見)
本件規定は、・・・夫婦がいずれの氏を称するかを夫婦となろうとする者の間の協議に委ねているのであって、その文言上性別に基づく法的な差別的取扱いを定めているわけではなく、本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではない。我が国において、夫婦となろうとする者の間の個々の協議の結果として夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めることが認められるとしても、それが、本件規定の在り方自体から生じた結果であるということはできない。(上記最高裁大法廷判決文5頁)
ということです。
つまり・・・
つまり、本件規定は、いずれの氏を称するかを夫婦となろうとする者の間の協議に委ねているから、本件規定の文言自体は男女間の平等を確保している、そして、圧倒的に夫の氏を選択する現実があるとしても、それは本件規定の在り方自体から生じたわけではない、だから、本件規定は14条1項に違反しないと言うことです。
圧倒的に夫の氏を選択する現実については、憲法14条1項では考慮していません。実質的平等ではなく、形式的に平等かどうかを最高裁は見ているわけです。
もっとも、圧倒的に夫の氏を選択する現実について、夫婦間の実質的な平等を保つことは憲法14条1項の趣旨に沿うと最高裁は判断していますが、その夫婦間の実質的な平等を図ることは、憲法24条で検討するべきだ、と最高裁は判断しています。
ということで、本判決の本丸である憲法24条の問題に入ります。
憲法24条違反について
結論(多数意見)
本件規定は、憲法24条に違反しない、としました。
理由(多数意見)
(1)
氏は、家族の呼称としての意義があるところ、現行の民法の下においても、家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ、その呼称を一つに定めることには合理性が認められる。(上記最高裁大法廷判決文8頁)
ことと、
(2)
夫婦同姓制の下においては、子の立場として、いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすい・・・(上記最高裁大法廷判決文9頁)
ことと、
(3)
本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではなく、夫婦がいずれの氏を称するかは、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている。(上記最高裁大法廷判決文9頁)
ことと、
(4)
婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ、上記の不利益(婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用、評価、名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益-筆者挿入-)は、このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。(上記最高裁大法廷判決文9~10頁)
こととを考慮すると、
本件規定の採用した夫婦同氏制が、夫婦が別の氏を称することを認めないものであるとしても、・・・直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできない。(上記最高裁大法廷判決文10頁)
としました。
つまり・・・
つまり、
(1)家族の呼称としての氏の意義
(2)同氏による子の福祉の向上
(3)夫婦となろうとする者の自由な選択による氏の決定
(4)通称使用による女性の不利益の軽減
を総合的に考慮すると、別氏を称することを認めず、夫婦同氏を強制する本件規定は合理性を欠く制度ではない、と判示しました。
岡部意見と多数意見の比較
岡部意見の特徴
岡部意見は、上記(3)と(4)について、多数意見と見解を異にしています。
96%もの多数が夫の氏を称することは、女性の社会的経済的な立場の弱さ、家庭生活における立場の弱さ、種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって、夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても、その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのである。(上記最高裁大法廷判決文18頁)
として、岡部意見は意思決定の過程に働いている現実の不平等と力関係に着目しています。
これは、多数意見が、本件規定の文言に着目したのと大きく違う点です。
また、(4)については、岡部意見では次のようになっています。
夫婦同氏に例外を設けないことは、多くの場合妻となった者のみが個人の尊厳の基礎である個人識別機能を損ねられ、また、自己喪失感といった負担を負うこととなり、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度とはいえない。(上記最高裁大法廷判決文18頁)
としています。
加えて、
通称は便宜的なもので、使用の許否、許される範囲等が定まっているわけではなく、現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある・・・上記の不利益が一定程度緩和されているからといって夫婦が別の氏を称することを全く認めないことに合理性が認められるものではない。(上記最高裁大法廷判決文20頁)
として、夫婦同氏を強制する本件規定は、
個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き、国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っており、憲法24条に違反するものといわざるを得ない。
という結論を導いています。
「氏」の機能を巡る対立
多数意見と岡部意見では、「氏」の機能についての理解が異なっています。
多数意見は、
氏は、家族の呼称としての意義がある・・・(上記最高裁大法廷判決文8頁)
夫婦が同一の氏を称することは、上記の家族という一つの集団を構成する一員であることを、対外的に公示し、識別する機能を有している。(上記最高裁大法廷判決文8頁)
としています。
これに対して、岡部意見では、
・氏の第一義的な機能が同一性識別機能であると考えられる・・・(上記最高裁大法廷判決文17頁)
・氏は名との複合によって個人識別の記号とされている・・・(上記最高裁大法廷判決文18頁)
としています。
岡部意見でも、多数意見が言う「家族の呼称としての意義」は無視されてはいません。しかし、
離婚や再婚の増加、非婚化、晩婚化、高齢化などにより家族形態も多様化している現在において、氏が果たす家族の呼称という意義や機能をそれほどまでに重視することはできない。(上記最高裁大法廷判決文19頁)
として多数意見が言う「家族の呼称としての意義」を「同一性識別機能」に劣後するものと捉えているのです。
多数意見と岡部意見との間には、「氏」の機能について、このような理解の違いがあるのです。
結局は・・・
結局は、「氏」の機能についての次の対立、
「家族の呼称としての意義」
VS
「同一性識別機能」
が、結論を左右するポイントになっていると思います。
「氏」の機能をどう捉えるのか?そこが議論の出発点であり、かつ到着点でもあります。
憲法24条の文言は、
両性の合意のみ(24条1項)
個人の尊厳と両性の本質的平等(24条2項)
とありますし、24条が戦前の「家制度」からの脱却、ひいては個人を超えた団体からの脱却を実現する意図で規定されたことを強調すると岡部意見の考え方が妥当とされるでしょう。
対して、社会に存在する団体の最小単位である「(夫婦同氏である典型的な)家族」を重視する立場からは多数意見が妥当とされると思います。
個人あっての家族なのか?
(夫婦同氏である典型的な)家族あっての個人なのか?
悩ましい問題だと思います。
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