麻薬密輸の罪が成立するのか?~トヨタ役員逮捕事件を巡って~

2015年6月25日 0 投稿者: 行政書士 真栄里 法務事務所

事件の紹介

 トヨタの女性役員が麻薬を密輸したとの容疑で逮捕されました(トヨタ本社など捜索 役員「痛み緩和目的」供述、麻薬密輸容疑)。
 麻薬成分である「オキシコドン」を含む錠剤57錠を国際宅配便で米国から輸入したことが麻薬密輸の罪にあたるというのが捜査機関の判断です。

法律・条文は?

 法律の正式名称は、「麻薬及び向精神薬取締法」(以下、麻薬取締法と省略します)です。
 「オキシコドン」は「麻薬」(麻薬取締法2条1号、別表第一25号)に該当します。ちなみに、「オキシコドン」の正式名称は、「ジヒドロヒドロキシコデイノン」です。
 上記被疑者は、麻薬である「オキシコドン」を含む錠剤を国際宅急便で米国から輸入しています。

・・・麻薬・・・は、何人も、輸入し・・・てはならない。(麻薬取締法12条1項本文)

ことになっています。

故意犯

 麻薬輸入の罪は、故意犯です。
 故意犯とは、犯罪事実を認識する必要がある犯罪のことです。

 たとえば、AがBという人を自動車で轢き殺したという事例でいいますと、AがBを認識しつつ、そのBを自動車で轢き殺す意思をもってBを轢き、その結果Bが死亡した場合、Aには、Bに対する殺人罪(刑法199条)が成立します。Bを轢き殺す認識を持っているAに故意があるため、故意犯である殺人罪が成立するのです。
 しかし、Aが道路に誰もいないと思って自動車を走らせていたところ、急に飛び出してきたBを轢き殺してしまったという場合、AはBを轢き殺そうという意思はありませんから、Aに殺人罪の故意がありません。ですので、そのAに殺人罪は成立しません。罪の軽い過失犯が成立するだけです。

 麻薬輸入の罪が故意犯であることからすると、被疑者は、米国から輸入したその錠剤に麻薬成分が含まれている、ということを認識している必要があります。
 麻薬が鎮痛作用を持つことは知られています。被疑者は、その錠剤を体の痛みを和らげるために輸入したとの趣旨の供述をしているようですから、その錠剤に麻薬が含まれていることを認識していたといえると思います。
 そうすると、故意犯である麻薬輸入の罪が成立しそうです。

違法性を意識しえたのか?

 もっとも、故意犯が成立するためには、犯罪事実の認識だけではなく、その行為が違法であることを意識しえたこと(違法性の意識の可能性)が必要です。
 この事件では、被疑者は自己の疾病の治療目的でその錠剤を輸入した旨の供述をしているようですから、この場合にも違法性の意識の可能性があったのか?が問題となります。
 といいますのも、麻薬取締法13条1項ただし書には、こう規定されています。

本邦に入国する者が、厚生労働大臣の許可を受けて、自己の疾病の治療の目的で携帯して輸入する場合は、この限りでない。(麻薬取締法13条1項ただし書)

 つまり、自己の疾病治療目的での携帯輸入は(厚生労働大臣の許可を受ける限りで)犯罪にならない、ということです。
 この事件の被疑者は、自己の体の痛みを和らげるためにその錠剤を輸入した旨の供述をしているようですから、自己の疾病治療目的で輸入するという認識を持っているわけです。
 そうしますと、違法性の意識を持ち得ない、つまり違法性の意識の可能性がないようにも思えます。

 ただ、ここで注意すべきなのは、麻薬輸入業者でなくても処罰されない場合として規定されている麻薬取締法13条1項ただし書は、自己の疾病治療目的での携帯輸入について犯罪は成立しない、と定めていることです。
 この事件は、被疑者がその錠剤を携帯して日本に輸入したのではなく、国際宅急便を利用して輸入していますから、この麻薬取締法13条1項ただし書を文言通りに適用すると、たとえ被疑者の供述通りであったとしても、その錠剤の輸入は犯罪となります。
 携帯する場合だけではなく、疾病治療目的であれば宅急便を利用して輸入することも許されると思ったことは、単に法律の不知となり違法性の意識の可能性はあったとして故意が認められることになります。

 もう1つ問題なのは、被疑者は厚生労働大臣の許可を受けていたのかどうかです。麻薬取締法13条1項ただし書によると、厚生労働大臣の許可を受ける限りで、自己の疾病治療目的での携帯輸入は犯罪にならないのですから、厚生労働大臣の許可を受けていないのであれば、たとえ自己の疾病治療目的での携帯輸入であっても犯罪が成立するのです。
 そして、捜査機関が被疑者を逮捕したということはおそらく、この許可を被疑者は受けていなかった可能性が高いと思います。そうであれば、厚生労働大臣の許可を受けていなかったことを被疑者は知っていたといえるでしょうから、違法性の意識の可能性は肯定され、故意が認められることになります。

結局・・・

 被疑者には分が悪い事件だといえます。
 だからこそ、捜査機関は社会的地位のある人を迅速に逮捕したわけですが・・・。

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