通勤時間を減らすために!-Chikirinの日記『通勤手当なんて廃止すべき』を読んで-

2015年1月17日 0 投稿者: 行政書士 真栄里 法務事務所

約3600字(読了≒6分)

通勤時間を減らしたい!

Chikirinの日記『通勤手当なんて廃止すべき』(2015-01-10)では、通勤時間が長いことによる様々な弊害が書かれています。

首都圏で働く多くの人が、片道でも 1時間、時には 1時間半や 2時間など、全員あわせれば膨大ともいえる時間を通勤に費やしてる。
往復だと 2時間から 4時間にもなるし、混み方も尋常じゃない。
座れないとか人とぶつかるってレベルじゃなくて、「なんで他人とここまで密着しなくちゃいけないわけ?」みたいな状況だし、
ヒールで踏まれたり、コートに口紅付けられたり、他人の汗が肌についたり、ほんとに気持ち悪い。妊娠してる人や足が悪い人などは、身の危険を感じることもあるはず。

Chikirin氏は、その原因を通勤手当に求めています。

この状況を悪化させてるのが、会社が通勤手当を払うっていう制度です。

具体例

Chikirin氏の挙げた事例は、

A) 会社から 2駅の A駅近くに住むと、家賃は 10万円だが、通勤定期代は月 3千円、通勤時間は 15分

B) その駅から 10駅(合計 12駅)離れた B駅近くに住むと、家賃は 8万円になるが、通勤定期代は 1万円、通勤時間は 1時間 5分になる

というものです。
 こういった通勤手当が支給されると、

B駅在住の方が実質的な生活費が 2万円増えるんだよね。(両方とも通勤定期代の負担はゼロ。ただし家賃負担が B駅選択の方が 2万円安いため)

という状況が生じます。
 そうすると、通勤時間が長くても、生活費が2万円も増えるB)を選ぶ人が出てくるので、冒頭で述べた様々な弊害を避けられない、ということです。

Chikirin氏の提案

 そこで、通勤時間を短くするために、通勤手当を廃止して、通勤手当を給与として支払うべきだ、というのがChikirin氏の提案です。

まずは通勤手当を止めたらいーんじゃないでしょうか。会社が通勤手当の 2万円を給与として払えば、Bさんは間違いなく、もっと近くに住もうと考えます。

提案の検討

Chikirin氏の提案の構造

 通勤時間を短くするために、通勤手当を廃止して、通勤手当を給与として支払うべきだ、というChikirin氏の提案は、通勤時間を短くするためのインセンティブ(誘因)を社員に与えるという構造です。

検討すべき点

 たしかに、会社の近くに住めば、得られる給料が増えるのですから、
「Bさんは間違いなく、もっと近くに住もうと考えます。」
との主張はその通りだと思います。
 社員に通勤時間を短くするためのインセンティブを与えることが、この問題の解決に有効な手段となりそうです。
 しかし、住もうと考えることと、実際に住むことができるかは別の問題です。
 実際に会社の近くに住むことができるかどうかが、このインセンティブの有効性を決することになります。
 当然、Chikirin氏もそのことに触れています。

都心に安い住宅が少ないとかいうのも、ニワトリ卵な話です。渋谷のベンチャー企業に勤める若い人たちが渋谷周辺に住もうと考えるから、その周辺に単身者用の賃貸住宅が増える。
都心なんて高層化すれば、いくらでも床面積は増やせるんだから、さっさと都心部における低層住宅の建設を規制して、マンハッタンと同じくらいの高層化率を実現すべき。

Chikirin氏のおっしゃる通りです。
 ただ、高層化率実現がどのくらいの期間で実現することができるかは重要なポイントです。
 なぜなら、この期間が長ければ長いほど、その期間中、低収入労働者にさらなる経済的・時間的損失を与えるからです。
 その理由は、こういうことです。たとえば、東京都のデータで検討してみます。
 少し古いデータですが、東京都で働く労働者で、都外在住者は、2005年で約270万人です(『東京都産業労働局 グラフィック 東京の産業と雇用就業2010』)。
 その270万人が東京都に引越をすることを考えてみて下さい。
平成20年度の賃貸用住宅戸数は東京都が3,400,900戸です。
 そして、平成20年の東京都の空き屋が約500,000戸です(日本政策投資銀行グループ 株式会社価値総合研究所『賃貸住宅市場の実態について賃貸住宅の市場動向②~空き家率~』)。
 また、平成20年度から24年度までの全国の新規供給「賃貸住宅」戸数の推移を見ますと、

  • 平成20年度=約37万戸
  • 平成21年度=約21万戸
  • 平成22年度=約20万戸
  • 平成23年度=約19万戸
  • 平成24年度=約21万戸

というように推移しています(日本政策投資銀行グループ 株式会社価値総合研究所『賃貸住宅市場の実態について賃貸住宅の市場動向①~建て方別貸家の供給戸数の推移~』)。
平成20年から平成24年までの5ヶ年で、1年平均23.6万戸の新規供給となっています。
 そうしますと、

  • 東京都で働く労働者で、都外在住者は、約270万人
  • 東京都の賃貸住宅の空き屋は500,000戸

全然足りません。
 1年後でも約24万戸の増加にとどまるならば、270万人の都外在住者が都内に移転するには、約10年かかります。
 もっとも、需要が増えれば賃貸住宅戸数の年間増加数はもっと増えるはずですから、270万人全員が東京に移転するのに10年もかからないはずですが、それでも数年はかかりそうです。
 その数年間、東京都内に移転することができない都外在住者が何十万人、何百万人も出てくる可能性が高くなります。
 そうすると、その労働者は、都外から往復2時間~4時間もかけるという時間的ロスがあるのに加えて、通勤手当も貰えない(=自分の給料から通勤定期代を支払わなければならない)という経済的損失も生じます。
 都外在住者にとってダブルパンチです。

他の解決策

会社へのインセンティブ付与

 都外在住者に都内に移転するインセンティブを与えるよりは、まずは、企業に従業員を会社の近くに移転させるインセンティブを与える手段を考えるという解決策もあります。都外在住者に都内に移転するインセンティブを与えるのでは、低収入労働者にさらなる経済的・時間的損失を与えるからです。

具体案

 会社にインセンティブを与える具体案として、Chikirin氏は、鉄道会社が通勤定期の

割引率を下げれば、企業側も全額補助するのがつらくなり、「社員には、もっと近くに住んでほしい」という方向で、知恵を絞り始める。

ことになるから、通勤定期の割引率を下げるべきとの提案もしております。
 良い提案ではないか?と思います。
 ただ、鉄道会社も営利企業ですから、他の鉄道会社と競争をしています。そのため、他社よりも割高な通勤定期にすることは中々難しいところがあります。
 個々の鉄道会社だけでは対応が難しいところがこの手段の難点といえます。
 さらには、鉄道会社は社員が会社の近くに住むことに何の利害もありません。それどころか、割引率を下げたのが自社だけだとなると1人負けになってしまいますから、鉄道会社が通勤定期の割引率を下げるとの具体案も実効性が「?」となります。
 そこで、次に考えられるのが、会社へのインセンティブを政府が付与するという案です。
 具体的には、

  1. 会社の近くに社員用の賃貸住戸を会社として借りようとか、社員寮を作ろうとする会社に対して、政府が補助金を出す。
  2. 会社の近くに社員用の賃貸住戸を会社として借りたとか、社員寮を作った会社に対して、税金を軽くする。

などの案です。
(1)では財源の問題がありますので、実現に障害があるかもしれません。
(2)だと税収の減少という問題が出てくるかもしれません。
 ただ、(1)だと予算のやりくりの問題で、最終的には国民の判断になります。Chikirin氏のおっしゃる通り、
 「会社だって、社員が朝からラッシュで疲れて出勤してくるなんて、望んでいるわけじゃない」でしょうし、
 社員だって本当は通勤時間が短い方がいいでしょうから、利害が一致しています。
 ですので、会社と労働者が本気になれば、政治力を行使して予算のやりくりも十分できるはずです。
(2)も同様です。たとえ減収したとしても現にある予算をどうやりくりするかは国民の判断です。
 ただ、(2)の場合、税収が増えることも考えられます。なぜなら、通勤時間が減ることで労働効率が上がり、会社の利益が増えることが考えられるからです。

まとめ

  • 都外在住者に都内に移転するインセンティブを与える方法、
  • 企業に従業員を会社の近くに移転させるインセンティブを与える方法

それぞれの方法のメリット・デメリットについて検討しました。

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