富裕層に富を集中させると本当にバラ色の社会になるのだろうか?~Chikirin氏のブログ「富裕層に富を偏在させよう!」(2014-12-24)を読んで~
2015年1月11日約4800字(読了≒8分)
目次
Chikirinの日記
『富裕層に富を偏在させよう!』の要約
Chikirin氏の論旨
結論
お金は、・・・「巨額の富を稼いだ実績がある人」に、できるだけ集中させましょう。
理由
- 新事業、未知の技術への投資
- 一流の芸術団体を支援する等の文化支援
- 被災者への迅速な支援
- 大量消費による消費拡大や景気回復への貢献
- 経済成長による税収増加
- 年金資金の効率的な運用
要約
【稼ぐ能力がある人に富を集中させることが国全体として豊かになる】
Chikirin氏が認める問題点
問題は、お金を大幅に増やした実績を持つトップ数%の人が富を独占していることではなく、経済的に恵まれない人たちが、満足に食べていけないとか、必要な教育を受けるお金がないとか、病気になっても医療が受けられないとか、そういう状態にあることです。
これって全然違う問題なので、あまりごっちゃにしない方がいい。
分析
Chikirin氏の議論が成り立つ前提条件
- 富の独占
- 経済的弱者救済
が「全然違う」問題であるとChikirin氏は主張されています。
「全然違う」問題である、ということは、経済的弱者を救済することは、富の偏在をさらに推し進めても実現可能だ、という含意があるはずです。
富の偏在を批判する人は、
富の偏在が進むことで格差が広がり経済的弱者がますます悲惨な状態に陥る
という理由で富の偏在を批判していますから、富の偏在をさらに推し進めても経済的弱者を救済することができる、ということが論証されない限り、Chikirin氏の提案(富裕層に富を偏在させる)は片手落ちとなります。これでは、富の偏在を批判する人達との建設的な議論が困難になります。
Chikirin氏は、上記ブログでは、経済的弱者の救済策に触れていません(何らかの考えをお持ちであると思いますが。あるいは、直ぐ後で検討する「資本主義を信頼する」議論に立脚さているのかもしれません)。
それでは、どういう条件があれば、富の偏在をさらに推し進めても経済的弱者を救済することができるのでしょうか?
次の2つの筋道を検討してみたいと思います。
- 資本主義を信頼する
- 政治力に頼る
資本主義を信頼する
典型例
この筋道は、簡単に言うと、起業者が儲かれば、末端の市民にもその恩恵は及ぶ、ということです。
たとえば、
甲企業が儲かれば、甲企業の儲けた利益から甲企業の創業者などの起業者へ報酬や配当が支払われ、残った利益(内部留保金や投資などの額を除いて残った利益ですが)が甲企業に勤める労働者に分配されます。
甲企業の儲けが多ければ多いほど、労働者へ支払われる原資となる金銭は増加します。
そうすると、労働者の賃金が上昇します。よって、企業が儲かることはその企業に勤める労働者の利益にもなる。
その労働者が増加した給料からスーパーなどでたくさん買い物をすれば、スーパーの利益も増加し、そのスーパーに勤める労働者の賃金も上昇します。
スーパーの労働者が増加した給料で外食をする機会を増やせば、外食産業の利益が増加し、外食産業に勤める労働者の賃金も上昇し・・・それから・・・。
という筋道が典型です。
この議論が成り立つためには?
この議論のポイントは、
企業の儲けのうち、どれだけの部分が労働者に回されるかにあります。
企業の儲けは、起業者や株主への報酬や配当と労働者への賃金の原資となります。企業の儲けに占める報酬・配当と賃金の割合が問題となります。
企業は合理的な存在です。合理的に考えれば、企業の利益を起業者や株主で独占することは労働者の労働意欲を削ぎ結局企業の活力を奪います。
ですから、企業に利益の分配を任せても十分な額が労働者の賃金に回されるはずだ。
この議論はそういう前提で成り立っています。
つまり、「合理性」がキーワードです。
ただ、「合理性」をもたないように見える企業も世の中にはあります。いわゆる「ブラック企業」と言われる企業です。
「ブラック企業」をどう考えるのか?
この議論では、合理性が働く「市場」もキーワードになります。
たとえ、「ブラック企業」があっても、合理的な「市場」の下では、そういった企業は淘汰されるはずだ、という分析がなされます。
「市場」の持つ淘汰作用が、労働者への適切な利益配分をもたらす、という思考が根底にあるといえます。
ということは、資本主義を信頼する筋道で考える場合、「市場」の機能(淘汰作用)確保が前提ということになります。
「市場」機能が働くためには、自由な参加と自由な退出が必要です。特に、参入資格が厳しければ厳しいほど、「市場」はその本来の機能(淘汰作用)を果たさないことになるからです。
ですので、資本主義を信頼する筋道で考える場合、経済的弱者救済を図るためには、「市場」機能が働いていることが前提条件として必要となります。
現在の日本で、「市場」への自由な参加と自由な退出が認められているのか?
そこの評価次第で、Chikirin氏の提案(富裕層に富を偏在させる)の是非をめぐる態度が変わってくるだろうと思います。
資本主義を信頼する筋道で考えると、Chikirin氏の提案(富裕層に富を偏在させる)を否定せざるをえない場合は、次の「政治力に頼る」議論を検討してみましょう。
政治力に頼る
典型例
- 法律で定められている最低賃金を上げる。
- 生活保護のレベルを上げる。
- 低所得者への医療の充実
- 教育費助成
などなど・・・
この議論が成り立つためには?
これらの例は、基本的に法律の制定・改正が必要になります。
法律の制定・改正は国会議員が行いますから、国会議員への働きかけは必須です。
経済的弱者の救済に関心があるのは、基本的に経済的弱者自身ですから、彼らが政治力を行使する必要があります。
ここで、政治力とは、身も蓋もない言い方をすると、「お金」です。政治にはお金がかかるからです。
どれだけ政治献金をしたかで法律の行く末が決まるといっても過言ではない状況があります。
実際の政治過程は、利益団体が政治献金を通して自分たちの利益になる法律を作ってもらう過程になっているといえます。
憲法的には、国会議員は、「全国民を代表」(憲法43条1項)しますから、一部の利益集団の利益を実現するために活動することは想定されていません。
しかし、現実の政治過程はそうではないといえます。
そうなると、どういう法律が作られるかは、資金力(政治献金額)次第という側面が出てきます(もちろん、それだけではなく、得票数にもよりますが・・・)。
さて、資金力次第だということになると、なんといっても起業家・経営者が強いです。
なぜなら、彼らは十分な個人資産を持っているため、その個人資産を政治献金として使うことができるからです。
加えて、起業者・経営者は、企業のお金を使った企業献金をすることもできます。
個人献金に加えて、自分が経営する企業を使った企業献金もすることができます。
2013年度の日本の富裕層(資産1億円以上)は約100.7万世帯(日本の総世帯数の約1.9%)で、その富裕層は約241兆円の資産(日本の資産全体の約18.7%)を保有しています(株式会社野村総合研究所、日本の富裕層は101万世帯、純金融資産総額は241兆円~ 2年間で世帯数は24.3%、純金融資産総額は28.2%増加 ~)。
ちなみに、準富裕層(資産5,000万円以上)まで含めると、約416万世帯(日本の総世帯数の約8%)が、日本の資産全体の約37.55%(483兆円)を保有している計算になります。
そして、2013年の企業所得(民間法人企業+個人企業)は87兆9143億円でした((内閣府ホーム > 統計情報・調査結果 > 国民経済計算(GDP統計) > 統計データ > 統計表(国民経済計算確報)の「フロー編 4主要系列表 (2) 国民所得・国民可処分所得の分配 名目 年度」を参照))。
富裕層(資産1億円以上)の自己資金241兆円に加えて、企業所得約88兆円の合計329兆円が富裕層の政治献金の原資となるのです。
これに対して、経済的弱者が属する貧困層(相対的貧困層)は、平成24年で約16%います(厚生労働省 Ⅱ 各種世帯の所得等の状況、7 貧困率の状況)。約840万世帯です。1世帯が4人とすると、年収254万円未満が相対的貧困層になります。840万×254万円=21兆3360億円です。これが貧困層の政治資金の原資です。
富裕層の329兆円VS貧困層の21兆円
資金力にして約16倍の差があります。
Chikirin氏の提案(富裕層に富を偏在させる)が説得力を持つためには、16倍もの資金力の差を埋める対策が不可欠になります。
16倍もの資金力の差を埋める対策
- 労働者が団結をする。
日本の賃金労働者数は、2014年11月時点で、5,637万人います(総務省統計局ホーム > 統計データ > 労働力調査 > 調査結果目次(47都道府県全国結果)> 労働力調査(基本集計) 平成26年(2014年)11月分結果)。
そして、国政選挙権を有する日本人の成人人口は、1億348万3000人です(日本の総人口1億2,581万3,000人-0歳から19歳の日本人人口2,233万人 総務省統計局ホーム > 統計データ > 人口推計> 人口推計の概要,推計結果等> 人口推計の結果の概要> 人口推計(平成25年10月1日現在)‐全国:年齢(各歳),男女別人口 ・ 都道府県:年齢(5歳階級),男女別人口‐参考表 年 齢 (5 歳 階 級))。
ということは、成人賃金労働者は、国政選挙権を持つ日本人の半分超いることになります(もっとも、賃金労働者の中には、未成年者もいますから、上の計算は厳密ではないですが)。
また、日本の企業総数は、平成24年度で約580万社です(総務省統計局ホーム > 統計データ > 日本の統計 > 本書の内容 > 第6章 企業活動6-1)。ということは、経営者は同数の580万人はいるはずです。全賃金労働者の約10分の1です。もっとも、共同代表がいたり、役員も複数いるでしょうから、実際には経営者的な人はもっといますが。
しかし、少なくとも、その賃金労働者が団結をすれば総投票の半分超を占めることができるわけですから、労働者の団結があれば投票数で16倍もの資金力の差を埋めることができます。
問題は、労働者の団結が十分に保障されているのかどうかの判断でChikirin氏の提案(富裕層に富を偏在させる)の是非の判断が分かれると思います。
- 平成15年~20年(厚生労働省 平成20年労働組合基礎調査結果の概況 結果の概要1)
- 平成21年~26年(1 労働組合及び労働組合員の状況)
まで、労働組合数は減少し続けており、労働組合員数も平成21年度以外は減少し続けています。この現実をどう評価するか。労働者の団結は無理だ、と評価すればChikirin氏の提案は非とする方向に傾くでしょうし、格差が拡大している今、労働組合の組織率は上がっていくはずだ、と予想するならChikirin氏の提案を是とする方向に傾くでしょう。
まとめ
富の偏在を批判する人は、
富の偏在が進むことで格差が広がり経済的弱者がますます悲惨な状態に陥る
という理由で富の偏在を批判していますから、富の偏在をさらに推し進めても経済的弱者を救済することができる、ということが論証されない限り、Chikirin氏の提案(富裕層に富を偏在させる)は片手落ちとなります。
どういう条件があれば、富の偏在をさらに推し進めても経済的弱者を救済することができるのか?
その筋道として、
- 資本主義を信頼する
- 政治力に頼る
を紹介し、それぞれの筋が成り立つ前提を少しばかり検討してみました。
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