脱法ドラッグって何だろう?

2014年7月10日 0 投稿者: 行政書士 真栄里 法務事務所

約2500字(読了≒4分)

事故の被害者

いわゆる脱法ドラッグ・脱法ハーブの影響による事故が最近多発しています。
本当に被害者の方が可哀想でなりません。
何も悪いことはしていないのに、理由なく命を奪われてしまったのですから・・・。
そのような薬物を利用して自動車を運転した人には厳罰が科されてしかるべきです。
しかし、こと刑法の問題となると少し冷静に議論をする必要があるように思います。

最近問題の脱法ドラッグとは?

そもそも脱法ドラッグとは、『法律に基づく取締まりの対象になっていない薬物』をいうとされています(ウィキペディア『脱法ドラッグ』)。
法律による取締対象薬物ではないわけですから、違法薬物ではありません。
違法でないならば合法ですから、合法薬物とも呼ばれています。
しかし、法律による取締対象薬物ではないといえ、麻薬と同様の効果を持つ物質ですから合法とはいいにくいということで“脱法ドラッグ”と呼ばれているのでしょう。
“脱法ドラッグ”というネーミングには、「実質的には違法」というニュアンスがあるわけです。

“脱法ドラッグ”というネーミングの意図は?

“脱法ドラッグ”というネーミングには、「実質的には違法」だが・・・。
というニュアンスがあります。
「実質的には違法」なので軽い気持ちで手を出すな!というメッセージを“脱法ドラッグ”というネーミングによって社会に発信しているわけです。
それはそれで妥当な発信だと私も思います。

しかし、刑法では・・・

しかし、「実質的には違法」であってもその薬物を取り締まる法律がないと“脱法ドラッグ”を使用した人に覚醒剤所持罪(や使用罪)などを科すことはできません。
なぜなら、
刑法においては、「罪刑法定主義」という基本的な考えがあるからです。
これは、法律において罪となるべき行為が規定されていない行為を処罰することは出来ないという考えのことを言います。
犯罪()と刑罰()を法律で定め(法定)なければならない、ということです。
「実質的に違法」であっても処罰することができない!?
刑法はなんて不完全なんだ、とお思いの方も多いでしょう。

ぶっちゃけますと・・・

ぶっちゃけると、刑法はそもそも断片的な存在です。
道徳的に悪いすべての行為を処罰するわけではないのです。
その意味で不完全です。
今でも不倫は道徳的に悪です(だと思います)。
しかし、不倫をしても刑罰は科されません。
何故か?
それは不倫を処罰する法律がないからなのです。
昔は不倫を処罰する規定が刑法にありました(183条。昭和22年に削除)。
「姦通罪」という罪名でした。
これは、夫のいる妻が夫以外の男性と性交した場合に成立しました。
条文は下のようになっていました。

刑法第183条(昭和22年削除)
有夫ノ婦姦通シタルトキハ二年以下ノ懲役ニ處ス其相姦シタル者亦同シ
前項ノ罪ハ本夫ノ告訴ヲ待テ之ヲ論ス但本夫姦通ヲ縱容シタルトキハ告訴ノ效ナシ

<太字、色は真栄里が修正しました。>

「有夫ノ婦」とは、夫を持つ妻のことです。
その妻が「姦通」をした場合にその妻と姦通相手とが処罰されるという規定でした。
しかし、この姦通罪は昭和22年に削除されていますから日本では不倫は犯罪ではないことになったのです。
つまり不倫をしても刑法上は違法ではありません。刑罰を科されることはないのです。
誤解のないように書いておきますと、不倫は離婚原因になります(民法770条1項1号の「不貞な行為」に該当します)のでご注意下さい!
どんなに倫理的・道徳的に悪であってもその行為に対して、罰則を科すとの法律がない限り処罰できません。
“脱法ドラッグ”でもことは同じです。
いかに処罰したくてもその薬物が法律によって禁止薬物に指定されていない限り処罰することができません。

“脱法ドラッグ”を処罰するためには?

“脱法ドラッグ”を処罰するためには、そのドラッグを禁止薬物に指定する以外にありません。
それが罪刑法定主義の要請です。

薬事法
二条
14 この法律で「指定薬物」とは、中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。)を有する蓋然性が高く、かつ、人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物(大麻取締法 (昭和二十三年法律第百二十四号)に規定する大麻、覚せい剤取締法 (昭和二十六年法律第二百五十二号)に規定する覚せい剤、麻薬及び向精神薬取締法 (昭和二十八年法律第十四号)に規定する麻薬及び向精神薬並びにあへん法 (昭和二十九年法律第七十一号)に規定するあへん及びけしがらを除く。)として、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するものをいう。

この“指定薬物”については、

薬事法
(製造等の禁止)
第七十六条の四  指定薬物は、疾病の診断、治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(以下この条及び次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し、輸入し、販売し、授与し、所持し、購入し、若しくは譲り受け、又は医療等の用途以外の用途に使用してはならない。

薬事法上、処罰規定があります。
そして、

薬事法
(指定手続の特例)
第七十七条  厚生労働大臣は第二条第十四項の指定をする場合であつて、緊急を要し、あらかじめ薬事・食品衛生審議会の意見を聴くいとまがないときは、当該手続を経ないで同項の指定をすることができる
2  前項の場合において、厚生労働大臣は、速やかに、その指定に係る事項を薬事・食品衛生審議会に報告しなければならない。

とありますから、
厚生労働大臣だけの指定で処罰すべき“脱法ドラッグ”を迅速に禁止薬物に指定することが可能となっています。
この規定により“脱法ドラッグ”を迅速に処罰することができるようになりました。
罪刑法定主義と処罰の迅速性の両者を充たすものとして立法の改正ではなく、「厚生労働大臣・・・の指定」という制度を新設したわけです。
これが妥当な落としどころだと私も思います。